第9回定例研究会のご報告

2005年9月23日(土)、渋谷会場

当日の研究報告

  1. 「新生」、「下郷」、「山海外経」の三作品から見た古丁の〈大東亜戦争〉への協力について
                       ・・・・・梅定娥(総合大学院大学研究生)  
  2. 満洲・戦時歌謡・文士 ・・・・・田中益三(法政大学文学部講師)

 ※ 研究会からの報告(活動報告、会計報告など)のあと、懇親会を行いました。

研究報告の概要

古丁と「大東亜戦争」――大東亜文学者大会と三つの作品をめぐって (梅定娥)


 「満洲国」を代表する中国人作家、古丁に対する評価は分かれている。中国の研究では「愛国抗日」か「対日協力」かの二元論に留まっているが、岡田英樹は「対日協力」の側面に寄り添う「実践的啓蒙者」としての姿に光を当て、新たな古丁像を提示している。発表者はこれらの先行研究を踏まえ、「満洲国」末期における古丁の言動と、同時期に発表された三つの作品に注目して、古丁と「大東亜戦争」との関わりについて報告した。その上で古丁の「対日姿勢」について新しい評価を試みた。
 まず、『古丁作品選』(李春燕編、春風文芸出版社、1995.6)に収められた作品群から作家の描く「農民像」、「平民像」、「知識人像」および「日本人像」を抽出して概観し、中国(東北地方)の近代化に強い問題意識を抱く作家の姿勢を確認した。次に、三回にわたり出席した「大東亜文学者大会」における古丁の言論を分析し、第一次では古丁の発言内容が「紋切り型で、客観的な態度が目立つ」と指摘、第二次では「アジアの解放に夢を託す姿勢」が見られるようになったと結論づけた。そして、『古丁作品選』には収められていないが、重要な位置を占める後期の三作品をとりあげ、「新生」からは「民族協和」、「下郷」からは「聖戦完遂」、「山海外経」からは「鬼畜米英」に反抗する主題をそれぞれ読み取り、古丁の「対日協力」の姿勢を改めて確認した。


 質疑応答
 上記の発表内容に対して、「下郷」は創作よりも当時の作家のほとんどが要求されていた時流迎合のルポと読むべきではないか、「山海外経」は魯迅の「故事新編」を彷彿とさせる感があり、たとえば文体に対する挑戦など多様な読み方が可能だという指摘が、聴き手からなされた。

 また、中国人の「奴隷根性」や「落伍性」に対する批判は、作家のなかで一貫している啓蒙主義精神と通底しているのでは、といった意見も出されるなど、議論が活発に交わされた。

満洲・戦時歌謡・文士 (田中益三)


 タイトルが示す通り、「満洲」にまつわる戦時歌謡と文士との関わりについて、発表者独自の調査に基づくユニークな研究発表であった。ここに言う「戦時」とは、1937年以後の日中戦争、あるいは1941年以後の太平洋戦争を指す一般的な概念にとらわれず、1931年の「満洲事変」以後をも視野に収めており、また「文士」としたのは、容易に国家体制になびく体質を持つ文筆家のこととして、一般的に使われている文学者と区別する意図があり、発表者独自の言語感覚をにじませている。
 発表の冒頭でまず、戦時歌謡について、芸術歌曲(クラシック、オペラなど)、国民歌謡、軍歌、愛国時局歌などと区別して、レコード会社によって発売された流行歌と定義づけ、純日本調(民謡、音頭、小唄など)と歌謡曲調とに分類した。発表では主に後者を中心に、「作詞文士」としての土井晩翠、与謝野寛、佐藤春夫、町田敬二、久米正雄、西条八十などを取りあげ、作家の略歴や彼らの手による戦時歌謡の創作された背景、および代表作を歌詞の内容を中心に考察した。同時にまた、随所に日本におけるレコード産業の成立や発展、レコードと文芸作品の関係、レコード検閲など、戦時歌謡をめぐる周辺状況に対する紹介もおこなった。
 なかでは、「満洲国」皇帝溥儀の訪日にちなんで「蘭の花」を作成した佐藤春夫について、「庶民的な愛国感情が背景にあり、戦争に対する職域奉公となって自然発生的に流出し」、素朴なナショナリストとしての側面もあると指摘した。また、「白蘭の歌」を流行らせた文壇の「エンターテナー」久米正雄の思わぬ筆禍事件、反戦歌とも受けとられる西条八十の「満洲娘」をとりあげ、時局に迎合する文士の無惨な姿や戦時下の芸術家が抱える内部矛盾に言及した。さらに検閲を避けるための作詞上の配慮やカモフラージュの技術なども事例を取り上げて紹介した。
 最後に「戦時歌謡の問題系および戦争責任のこと」に焦点をしぼり、音楽ジャンル(歌謡界)で戦争責任問題が追及されないのは「歌がもっぱら情緒的な部分に訴えかけるものであり、歌とともに苦楽をともにした、という庶民感情によるもの」と分析し、戦時歌謡に関わった文士らも「閉塞した時代の国民的ロマンの代理人」の側面があるから、断罪が及ばなかったのではないかと指摘した。


 質疑応答
 上記発表では実際にCDやテープを鑑賞する場も設けた。そのため、歌曲あるいはそれが成立した時代環境への興味をいっそう掻き立てられた聴き手から、ラジオ放送とレコードの関係、当時の中国側抗日歌曲のこと、「満洲」体験者としての証言などが提出された。 inserted by FC2 system